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第7章 チャイナタウン

 
  ダナンからサイゴンの帰路、ちょっとしたハプニングがありました。 乗るはずになっていた飛行機が、「技術的な問題」のため、5時間遅れるとのこと。 ベトナムでは、3回飛行機に乗ったのですが、時間通り飛んだことが、一度もありません。


 1時間後に発つ次の便のキャンセル待ちに期待を繋いだのですが、僕の名前はウェイティング・リストの3番目。 最初のふたりは、韓国人のゲイのカップルです。


 100に満たない座席数で、3番目というのは、かなり厳しい状況なのですが、離陸直前、アオザイ姿の女性が、カウンターの向こうで微笑みながら、 「どうぞ」と言ってくれました。


 サイゴンの街では、チャイナ・タウンのことが気になっていました。 様々なハンディを乗り越え、行く先々で、しっかりと根を張り、厚みある中国文化を、世代から世代へと、異境の地で継承してきた華人と呼ばれる人々。


 そのコミュニティは、東南アジアを旅していると、常に強烈な存在感をもって、僕を圧倒してきました。 タイに魅せられ、アジアをあちこち歩き廻っているうちに、結局、僕にとって、アジアとは、中国なのだということに気づきました。


 それはもちろん、細かいニュアンスは切り捨てた言い方であり、インドネシア文化の、情感を突き破るような激しさや、 スリランカでかいま見たインド文化の広大さは、それはそれで、中国文化と拮抗するものなのかもしれません。
 アジアの多様性や、その文化の面白さは充分認めた上で、やはり僕が惹かれるのは、アジアの中の中国なのです。


 ベトナムの中の中国人は、インドネシアの中国人と並んで、現代アジア史の中で、もっとも過酷な受難を体験してきた人たちなのでしょう。 サイゴンに行くとき、僕の大きな関心のひとつは、そこに住む中国人の命運、といったものでした。
            
                  


                      
サイゴンのチャイナタウン



 ベトナム最後の日、サイゴンのチャイナ・タウン、チョロン地区に宿をとりました。 漢字が見あたらない、という点で、ジャカルタのチャイナ・タウンに似ているのですが、 ジャカルタは、一歩奥に足を踏み入れれば、バンコクなどと変わらない、エネルギッシュで圧倒的な華人世界が展開されています。


 サイゴンのチャイナ・タウンは、空間的な拡がりがあり、しかしそれゆえに、密度が薄いという特色があります。 バンコクのチャイナ・タウンのように、ここからここまでという線がなく、中心もない。漢字が見あたらないため、表面的には、チャイナ・タウンとは思えないくらい。


 ベトナム全体を覆う貧しさのせいなのでしょうか。中華街に特有の華やかさがなく、人々は、質素に、息を潜めて暮らしています。


 圧倒的なイスラム教徒たちに囲まれて、やはり、ひっそりと暮らしている、マレー半島東海岸やインドネシアの華人たちを思い起こしました。


夜は、いつものように、あてもなく、街を歩きました。 商店は早い時間に店を閉まい、チョロンの表通りでさえ、人通りが途絶えます。


 中華料理を食べたくて、中華料理店を探しました。屋台の食事は、すでに夜食で経験していて、やや食傷気味。 ところが、きちんとした中華料理店が見あたりません。


 結局、ホテルのレストランに行ってみました。 ホテルは、「アルカンシオール」というフランス名。「ティエンホン」という中国名と「レインボー」という英語名を持っています。
「ティエンホン」は、「天虹」とでも書くのでしょうか?


 ホテルのレストランで、結婚式の披露宴が行われていました。 大きな会場に、いっぱいの客が入り、純白のドレスに身を包んだ花嫁さんは、あでやかで美しい。 酔いが回った頃らしく、華やかで開放的な空気が、大きなバンケットホールに、充ち充ちていました。


 会場の外から、しばらく、この光景を眺めていました。 香港映画で見た、派手で華やかな中国人の結婚式。バンドは、ピアノを奏でています。


 外に向かっては、ひっそりと生き、しかるべきときには、内の論理に従って、お金を使う。 そしてなにより、あの貧しい社会、金儲けが悪とされてきた、あの社会の中でも、やはり中国人は豊かなのだということに、あらためて、驚愕しました。 中国人の強靱さ、それゆえに融和できない現地の人々との軋轢。よく言われる事実を、かいま見たような気がしました。


 花嫁さんが、お色直しに外に出ると、僕も、その場を立ち去りました。


 翌朝、突然キャンセルされた飛行機の、次の便でバンコクに帰りました。(終)



          
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