第6章 五行山
ホイアンからダナンへの帰り道、五行山に立ち寄りました。 チャイナ・ビーチとディエム川に挟まれた平坦な一帯に、かつては島であった五つの小高い山が点在しています。 大理石から成るこれらの山々は、マーブル・マウンテンとも呼ばれ、頂上から眺める見晴らしの良さと、仏教の聖地とされている自然の洞窟で、多くの観光客を集めています。
いちばん高いトゥイソン山は、標高108メートル。 洞窟内に祀られた仏像は、何世紀にも渡って仏教徒の信仰を集め、テト(旧正月)の満月の夜には、巡礼者たちで賑わうとのこと。
入り口で入場券を買い、中に入ると、物売りの子がやって来きました。 年はまだ、10才前後。頼みもしないのに、勝手にガイドを始めます。驚いたのは、英語がうまいこと、そして、賢いこと! 的確に、見所と、その由来を説明してくれます。
その子にくっついて、もうひとり、中年女性が、後を追ってきました。 英語もできず、ただ、そこにいるだけ。しかも、途中、中抜けしたりで、かなり手抜きをしています。
1時間ほど、山の中の、いろいろな場所を見て回りました。 時間潰しのつもりで立ち寄った五行山は、有能なガイドにも恵まれ、なかなかの拾い物。満足して、僕は出口までたどり着きました。
別れ際に、少年から土産物を買いました。値段は1個8ドルとのこと。 1時間のガイド料としては安いものです。僕は、うなずき、大理石の小さな物入れを買いました。
すると、中年女性が、自分のも買ってくれと、ジェスチャーで催促します。 僕が無視すると、少年がおずおずと、口を開きました。
「もうひとつ、買ってよ。」
「君のママ?」と、僕は訊ねました。
少年は首を振り、
「違う。友だちさ。」
それでは、なんの義理もない。
「1個で充分だよ。」
僕が告げると、男の子は、悲しそうに、
「でも、これを買ってくれれば、僕は学校へ行けるんだよ。」
これを買ってくれれば、僕は学校へ行ける!
この言葉を聞いて、どうして800円、出さずに済ますことができるでしょう? こういう殺し文句を、僕はひさしぶりに聞いたような気がします。
この女性は、おそらく少年の雇用主で、少年がひとつ土産物を売るたびに、いくばくかのマージンを支払っているのでしょう。
「僕は学校へ行ける」という殺し文句も、大人の知恵に違いありません。 ベトナムの子供たちの絶対的な貧しさに、西側旅行者は、後ろめたい思いをせざるを得ない。 これまでも、多くの旅行者が、免罪符を買うような気分で、子供たちの土産物を買ったのでしょう。
子供の肩越しに僕の顔をのぞき込む中年女性の狡猾な表情に、腹を立てることもなく、僕は、もうひとつ、同じ土産物を買いました。
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