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第1章 ベトナムに来た!


 バンコクからホー・チミンへの飛行機で隣り合わせた韓国人が、「まさか、ベトナムに来るようになるとは思わなかった。」と、述懐していました。 本当に、ベトナムに来るようになるとは思わなかった、というのが実感です。


  イミグレーションも税関も、なんの問題もなく通過しました。「入国審査は、いたずらに時間をかける。」と、あちこちで聞いていたので、 てきぱきと処理する職員の手際のよさは、大変意外で、「ドイモイ効果」というものを、入国早々、実感することになりました。


  月曜の午後、ホー・チミン市に着きました。空港から市内までは、タクシーで10分程度。 車の数は少なく、自転車やバイクが交通の主体です。タクシーも二輪車なみのスピードで走らざるを得ず、渋滞がないのに、速度はあがりません。


 いわゆる「サイゴンの街」を目の当たりにして、それなりの感慨が沸いてきました。猜疑心と恐怖心から狂気に陥った、20世紀後半の人類の、その業を一手にになってしまったかのような悲劇の街。

  むき出しの、盲目的な攻撃欲がぶつかり合い、毎日のように、テロや処刑が繰り返されていた流血の街。


 暴力装置だけはたっぷりと手にした未熟な超大国の、その未熟さの生贄に供された街。 その超大国の一方は消滅し、他の一方は没落することになる、不思議な戦争の舞台となった街。


 サイゴンの街に来るようになるとは、確かに思ってもみませんでした。




マジェスティック・ホテル



ホテル内部



エレガントなドンコイ通




 サイゴン河に面した「マジェスティック・ホテル」にチェック・インしました。 レックス・ホテルと並んで、古い、コロニアル・スタイルの代表的なホテルです。 サイゴン河から眺めるその姿は、掛け値なしに美しい。異様に高い天井。フローリングの感触が、ひやっと冷たく、足に心地よい。 部屋の中では、いつも裸足で歩いていました。


 サイゴンに着いた日は、街の中心部を歩き回りました。訪れた人が必ず感心するその美しさ。 東洋のパリと形容された佇まいは、南国的な開放感と、ヨーロッパの落ち着きが混じり合い、バンコクなどにはない香気を放っています。 東と西が、激しい形で出会った場所にしか見られない、コスモポリタン都市の魅力が、このサイゴンの街にはあるようです。


 夕方、ホテルの前から、サイゴン河のディナー・クルーズ船に乗り込みました。 河から眺める街の夜景は、マジェスティック・ホテルの界隈が圧巻で、南国的な美しさに、うっとり見とれていました。 サイゴンの歴史を、バンコクやシンガポールなどの街の歴史と比べると、胸が痛むような思いがよぎるのですが、 それでも、この美しさが保たれてきたということに、安堵の念を覚えました。


 船が桟橋に帰ってくると、ボートに乗り込んだ小学生ぐらいの女の子がふたり、船に近づいてきました。 レストランの客が投げてくれる空き缶を集めているのです。


 僕がペプシの空き缶を投げたら、女の子のひとりが、網を使って、実に上手にキャッチしました。


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