ハン河に沿って走るバクダン(白浜)通りには、河沿いのレストランや新築のホテルが建ち並び、陽光を浴びてきらめくさざ波と、
沖を行く白い船とのコントラストは、絵葉書のように美しい。
|
バクダン通りの中心から、西に向かって、フン・ブオン通りが延びていて、東西に走るフン・ブオン通りと南北に走るレ・ロイ通りの交わるあたりが、
ダナンの街の中心でしょうか。小さいけど活気あふれる商店は、夜遅くまで店を開け、街角のカフェ・テラスでは、夕方、涼を求める人々が、
ビールを飲んで1日の疲れを癒しています。
|
ダナンでは、街の中心に近い、古いホテルにチェックインしました。
かつては、街いちばんのホテル。外国資本の参入で、次々に国際級のホテルが整備されているいまでは、典型的な地方の中級ホテルという風情です。
|
レセプションの女性は私服姿。30才前後でしょうか。とてもきれいな英語を話します。
てきぱきとした応対は、ビジネスライクではあるのですが、その有能さから、単なる従業員とは思えません。
ホテルのオーナーの奥さんが、家事の合間にレセプションにいるのかな、という感じをもちました。
|
部屋に入り、荷物を降ろすと、カメラをもって、すぐ階下に降りて行きました。暗くなる前に街の様子を見ておきたかったからです。
|
レセプションで、翌日行くホイアンのことを訊ねました。オートバイで行くのは、道路事情が悪いのでよしたほうがいいこと。
スゥエーデン人がオートバイで死亡事故を起こしたこと。1日車をチャーターしても35ドルだということ。
途中で五行山に寄ったほうがいいこと、などなどを、教えてくれた後、その女性は、僕に、
|
「さっき、ちらっと見えたけど、あなた、日本語のガイドブック持っていたわよねえ。」と訊ねます。
|
「イエス」と、僕。
|
「あれに、わたし、載っているのよ。」
|
「えっ?」 「あとで、見せてくれる?」
|
「いま、とってくるよ。ちょっと待ってて。」
|
部屋に帰り、僕は、「地球の歩き方」をとってきました。
その女性にさし出すと、彼女は、なにか大切なものでも預かったかのように、注意深くページをめくり始めました。
|
「ねえ、これよ。」
|
本を受け取り、彼女の指さす写真を見て、僕は息を飲み込みました。
|
「地球の歩き方」の中に、アオザイを着た10代の少女の姿がありました。
日本にいるときから、その写真を眺めては、アオザイと、その少女の美しさに感嘆していました。
カメラを前に少しはにかんだ、オカッパ頭の美少女。それだけでベトナムという国が魅力的に思えていたのです。
|
「10年前よ。」 照れくさそうに、彼女は笑いました。 「いまの私に似ているかしら?」
|
正直に言えば、大きく変わっていました。言われなければ、わからなかったでしょう。ただ、その変わりかたは、けっして悪いものではありません。
|
この時代にベトナム人であるということは、楽なことではないのでしょう。
10年間、現実と格闘し続け、負けることなく、背筋をまっすぐ伸ばして生きている人の姿を、彼女の中に感じていました。
純粋無垢のオカッパ頭の美少女が、現実を処理できる、有能で逞しい女性に変わっていたことに、僕は安堵しました。
目じりの下に小皺は増えたとしても、清楚な少女時代とは、別の美しさがあります。
|
10年前の写真を見ながら、懐かしさにひたっている彼女は、生活者としての世間的な苦労をいっとき忘れたかのよう。
|
「変わってないね。いまでも、ほんとにきれいだよ。」と、僕。勿論それは、社交辞令などではなく、自分の本心でもあったのです。
第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章
 |