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第4章 ダナン

 
 ダナンへ飛ぶ飛行機の中では、ガイドブックを読んでいました。 ダナンから、目指すフエの街は100キロ程度。バスで行くには、やや、かったるく、車をチャーターすれば、それなりの出費は覚悟しなければいけないでしょう。


 フエ行きについて決めかねていると、ホイアンという町の記事が目にとまりました。

 
 「ダナンから約30キロ南の町。17世紀から19世紀にかけて、東南アジアの主要な国際港のひとつであった。 マカオやマラッカと同じ時代に、オランダやポルトガル、中国、日本などの商船の重要な寄港地であった。 今日も、150年前とまったく変わらぬ佇まいを見せていて、町を歩けば歩くほど、過去がそのまま残されていることを実感させてくれる町・・・。」


 16〜17世紀にかけては、日本人町もあったとのこと。 タイのアユタヤを思い浮かべればいいのかもしれません。アユタヤは滅亡し、いまは、遺跡が残るだけですが、ホイアンは、古い街並みがそのまま保存されているらしい。
 

 ダナンに着いたときには、フエを諦め、翌日のホイアン行きを決めていました。


 ダナンは、ハン河の西岸に開けた街。人口95万人の大都市です。 ベトナム戦争中は基地の街として、腐敗と発展の両方を経験したということで、いまでも、雑然とした活気と埃っぽさを感じさせます。

                    


 

  活気あふれるダナンの街



  ハン河に沿って走るバクダン(白浜)通りには、河沿いのレストランや新築のホテルが建ち並び、陽光を浴びてきらめくさざ波と、 沖を行く白い船とのコントラストは、絵葉書のように美しい。


  バクダン通りの中心から、西に向かって、フン・ブオン通りが延びていて、東西に走るフン・ブオン通りと南北に走るレ・ロイ通りの交わるあたりが、 ダナンの街の中心でしょうか。小さいけど活気あふれる商店は、夜遅くまで店を開け、街角のカフェ・テラスでは、夕方、涼を求める人々が、 ビールを飲んで1日の疲れを癒しています。


  ダナンでは、街の中心に近い、古いホテルにチェックインしました。 かつては、街いちばんのホテル。外国資本の参入で、次々に国際級のホテルが整備されているいまでは、典型的な地方の中級ホテルという風情です。


 レセプションの女性は私服姿。30才前後でしょうか。とてもきれいな英語を話します。 てきぱきとした応対は、ビジネスライクではあるのですが、その有能さから、単なる従業員とは思えません。 ホテルのオーナーの奥さんが、家事の合間にレセプションにいるのかな、という感じをもちました。


 部屋に入り、荷物を降ろすと、カメラをもって、すぐ階下に降りて行きました。暗くなる前に街の様子を見ておきたかったからです。


  レセプションで、翌日行くホイアンのことを訊ねました。オートバイで行くのは、道路事情が悪いのでよしたほうがいいこと。 スゥエーデン人がオートバイで死亡事故を起こしたこと。1日車をチャーターしても35ドルだということ。 途中で五行山に寄ったほうがいいこと、などなどを、教えてくれた後、その女性は、僕に、


「さっき、ちらっと見えたけど、あなた、日本語のガイドブック持っていたわよねえ。」と訊ねます。

「イエス」と、僕。

「あれに、わたし、載っているのよ。」

「えっ?」
「あとで、見せてくれる?」

「いま、とってくるよ。ちょっと待ってて。」


 部屋に帰り、僕は、「地球の歩き方」をとってきました。 その女性にさし出すと、彼女は、なにか大切なものでも預かったかのように、注意深くページをめくり始めました。


 「ねえ、これよ。」


 本を受け取り、彼女の指さす写真を見て、僕は息を飲み込みました。

 
 「地球の歩き方」の中に、アオザイを着た10代の少女の姿がありました。 日本にいるときから、その写真を眺めては、アオザイと、その少女の美しさに感嘆していました。 カメラを前に少しはにかんだ、オカッパ頭の美少女。それだけでベトナムという国が魅力的に思えていたのです。


「10年前よ。」
照れくさそうに、彼女は笑いました。
「いまの私に似ているかしら?」


  正直に言えば、大きく変わっていました。言われなければ、わからなかったでしょう。ただ、その変わりかたは、けっして悪いものではありません。

 
  この時代にベトナム人であるということは、楽なことではないのでしょう。 10年間、現実と格闘し続け、負けることなく、背筋をまっすぐ伸ばして生きている人の姿を、彼女の中に感じていました。 純粋無垢のオカッパ頭の美少女が、現実を処理できる、有能で逞しい女性に変わっていたことに、僕は安堵しました。 目じりの下に小皺は増えたとしても、清楚な少女時代とは、別の美しさがあります。


 10年前の写真を見ながら、懐かしさにひたっている彼女は、生活者としての世間的な苦労をいっとき忘れたかのよう。


 「変わってないね。いまでも、ほんとにきれいだよ。」と、僕。勿論それは、社交辞令などではなく、自分の本心でもあったのです。
 
         
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