
パタニ・異境の街
第5章
クルーセ村は、パニタの市街地から、南東に7kmほど下ったあたり、ナラティワートに向かう国道42号線沿いに広がっています。 パタニからはソンテオウが頻繁に出ていて、この日も学校帰りの中学生たちでどの車も超満員でした。 ソンテオウは、小型の軽トラックの荷台を客席に改造した、いわばミニバスで、安価な料金と、網の目のように張り巡ったきめ細かな路線から、 タイの地方都市では、もっとも重要な庶民の足となっています。
客席が超満員なので、僕は後部に取り付けられた乗降用のステップの上に立っていました。 長さ1.5m、幅が20cm程度のステップに、僕も含めて10人ほどの客が押し合いへし合いし、車体の屋根のフレームにしがみついています。 安全第一主義の日本では想像も出来ない光景ですが、法や規則にとらわれない、いかにもタイらしい現実的な対処のしかたが、ほっとさせてくれるのです。 タイに来るたびに、自分の才覚で生きているのだという、日本では味わうことのできない感覚を思い出すことになるのです。
クルーセ村が近づいたとき、ソンテオウのステップの上で袖を摺り合わせていた中学生たちが、「ここだよ」と教えてくれました。 国道の左手に、古びた赤煉瓦色のモスクが建っています。
林道乾が建設を始めたモスク
16世紀の昔、中国から渡って来た林道乾が、棄教を迫る妹の林姑娘に、信仰の強さを示すために建設を始めたモスク。 姑娘の呪いを受け、何世紀にも渡り、命を代償とした呪縛に囚われ続けて来た悲劇のモスクは、しかし、いま、モスクとしての命を与えられ、何人かのイスラム教徒たちが夕方の祈りを、メッカに向かって捧げているさいちゅうでした。 近年になり、マレー系住民への融和策の一環として、タイ政府が修復に乗り出したのです。
タイ政府が重い腰をしぶしぶ上げた理由は、その隣地を見れば一目瞭然でした。 パタニに住むモスリムたちのすべてが、この光景を見てひどく傷つき、憤慨したのでしょう。 自らの信仰と文化に対するあからさまな挑発は、部外者の僕にとっても息詰まるものでした。 それは、東南アジアではどこでも見られるキッチュな中国庭園と、その庭園の中心に祀られたカシューの木。
林姑娘が首を吊った木が聖墳として祀られ、タイ南部に暮らす中国系住民の熱烈な信仰を集めているのです。
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