

第6話 パンコール島の鰐
唐突ですが、みなさんはジャングルで鰐に遭遇したことがありますか。
僕はあります。あるいは、少なくとも、そう思っていたことがあります。今から思えば、あれは鰐ではなくて、単なる大蜥蜴だったのかもしれませんが・・・。

パンコール島の中心、パンコール・ビレッジ
島に着き、宿にチェックインすると、島の中心パンコール・ビレッジにレンタバイクを借りに行きました。100cc程度のオートバイでも、これがあると機動力が増し、リゾートでの楽しみが何倍にも拡がるから・・・。
しかし、ここで借りたオートバイはどう見ても年代もの。整備不良で前輪のブレーキはまったく効かず、後輪が僅かにかかるくらい。逡巡する気持ちはあったのですが、まあ、狭い島の中のこと。スピードは出さず、のんびり走ればいいやという軽い気持で、島内一周のクルージングにスタートしました。

島内のインド人学校。ヒンズー寺院も併設されています。
ビーチ沿いのクルーズは潮風が心地よく、目にするものすべてが新鮮で珍しい。パンコールは小さな島だけど、中国系、マレー系、インド系と様々な集落が点在し、それぞれに独自の文化と生活様式を展開しています。オランダ統治時代の要塞や木造の造船所など見所も多く、南の島に降り注ぐ陽光をたっぷりと浴びて、午後の快適なクルーズが続きます。ブレーキは相変わらず効かないのだけど、右足をブレーキ代わりに、なんとかやり繰りしていました。

木造の船を造っている造船所
しかし、やがて道は、海岸沿いを離れ、険しい山道に・・・。未舗装の路面には木の根や岩が浮かび上がり、鬱蒼と生い茂る熱帯雨林の木々が太陽を遮ります。「ジャングルの中を、我、一人行く」、という雰囲気は、ガイドブックの平面的な地図からは読み取れませんでした。
標高が高くなり、ふと振り返ると、未舗装の急斜面がはるか下まで続いてる・・・。このまま、ジャングルをまっすぐ進むのか、あるいは、引き返すのか。引き返すにしても、ブレーキの効かないオートバイで、この急坂を降りていけるのか、それとも、オートバイをひいて歩いて帰るのか・・・。
あれこれ迷っていると、目の前に、なんと鰐の子どもが・・・・。体長は1メートルぐらい。獰猛な顔でこちらを睨みます。ガイドブックに、川辺には鰐もいると書かれていたのを思い出しました。鰐の子どもがいるということは、親も近くにいるのでしょう。そう思った瞬間、血の気がひいていき、パニック状態に・・・。
こちらの戦慄を見てとった鰐の子どもは、勝ち誇ったように僕を一瞥すると、堂々と道を横切り、ジャングルの中に消えて行きました。
パニックから立ち直った僕は、オートバイにまたがり、アクセルを吹かして来た道を引き返しました。効かないブレーキも気にもなりません。ブレーキをかけようなんて一度も思わなかったから・・・・。



