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その7

【汕頭の街・2】
 ロータリーに佇み、しばらく我を忘れていました。推理小説の意外な結末を読み、もう一度要所要所を読み返せば、確かに答えはこれひとつしかないのだと納得したような、ちょうどそんな感覚でした。

 たまたま、バスを降りた地点がロータリーということで、バンコクのヤワラあたりを彷彿させたのかもしれません。その背後にあるショップハウス形式の建物や騎楼づくりの回廊は、東南アジアのあちこちのチャイナタウンで見てきた光景なのですから。

 ただ、汕頭(すわとう)の街には、ペナンやシンガポール、あるいはクアラ・トレンガヌやクアラ・ルンプールという福建人系の街とは明らかに違う、なにがしかの雰囲気があります。バンコクの匂いとでも言いたくなるような・・・。

 その雰囲気を表現するのは難しいのですが、バンランプーの路上の雑踏とか、タナオ道路沿いの棟割長屋、ウォンウェイヤイの露天商とか、あるいは勿論、ヤワラの奥の妖しげな闇とか、つまりはバンコクにしかないあの独特の匂いが、ロータリーの向こうに懐かしく拡がっているのです。

 灼熱の太陽や眩いばかりの黄金寺院、病的なまでの交通渋滞や、澱んだような時間の流れ。旅行者を惑わせる奇妙なタイ文字に、躁的なまでの開放感。バンコクからこれらの要素を取り除けば、そのまま、汕頭の街になると、ほとんど直感的に確信したのです。

 バンコクの中のローカルな部分、あるいは横浜や東京の、古い下町の匂いさえ漂ってくるようで、一目見て、この汕頭の街が好きになりました。 バンコクに魅せられ、あちこち旅をかさね、やっと、そのルーツの街にたどり着いたのです。

 バンコクのヤワラ界隈を思い起こさせるロータリー



【胡弓を弾く少女】
 汕頭は海産物が豊富な港町。夜になると、路上のあちこちにシーフードの屋台が出現します。新鮮な魚介類が歩道狭しと並べられ、これを避けて通るのは至難の業。台北の華西街やプーケットの海鮮料理店を思い起こすのですが、決定的に違うのは客層と値段の安さ。ここでは、客はみな地元の人たちで、観光地から比べれば値段も遥かに安い。

 にわか雨におそわれ、慌てて海鮮料理の屋台に跳び込みました。街路樹の木々と、歩道の背後の壁にビニール・シートの紐を引っ掛け、即製の屋根を作っています。

 歩道に並んだ4つぐらいのテーブルの、いちばん奥に腰掛けました。何人かの青年たちが共同で店をやっていて、まるで青春ドラマの舞台のよう。調理しながら、隣のテーブルに腰掛けた女の子ふたりと、楽しそうにお喋りしています。香港の女の子のように、あか抜けて洒落たスタイル。ひとりの女の子は、なぜか胡弓を持っている。

 リーダー格の青年が英語で僕に話しかけてきました。つたない英語ですが、とにもかくにも通じたということで、仲間から賞賛され満更でもない様子。女の子たちは、クスクス笑いながら僕のほうを盗み見て、その青年から僕に関する情報を引き出そうとしています。

 やがて、胡弓の女の子が、弓を取りだし、なにかの曲を弾いてくれました。もの悲しい、潮州謡曲の一節が、街頭から雨の夜空へと消えていきます。言葉も通じぬ一人旅の旅行者への、心づかいなのでしょう。

 もう少し親しくなりたいと思いながら、言葉のできないもどかしさを感じていると、やがてトライショーが通りかかりました。雨宿りをしていた女の子たちは手をあげて運転手を呼び止めると、雨の街へと去って行きました。



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