第2章 香港

 
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「楊蘭芳と初めて会ったのは、一九七四年のことだ。そのころ俺は、映画関係の仕事をしていた。映画といっても、要はポルノ映画のことだが。」

旺角の狙撃者、郭元培は、重慶大厦の信也の部屋で、バドワイザーの缶ビールを飲みながら、話し始めた。

「当時、その世界では有名な監督がいて、俺はその監督の下で、端役をやっていた。」
「孫紹林のことかい?」
「知ってるのか?」
「劉克昌から聞いたよ。」
「それなら、話は早い。劉とも一度だけ、いっしょに仕事をしたっけ。」
「楊貴妃だろ? 劉の部屋で見たよ。あれに出てたのか?」

意外そうな表情で信也がきいた。何人もの男優が出演していたが、信也の記憶と、目の前にいる男が結びつかない。

「楊貴妃の最初の夫ではない?」
ジェニファーがきいた。
「よくわかったな。」
郭は、嬉しそうに、ジェニファーを見た。

「面影はあるわ。でも、言われなければわからなかったでしょうね。」
「孫はあの道の大家で、俺は一九七二年から一九七六年まで、いっしょに仕事をした。」
「孫が死ぬまでいっしょだったってこと?」
「ああ。」

そう答えて、郭は、シャツの胸ポケットから、タバコを取り出そうとした。しかし、パッケージの中は空だ。ジェニファーは、自分のマールボローを彼に与えた。

「孫が死んだとき、俺は病院で奴を見とった。家族はだれもいなかった。ずっと独身をとおしていた。寂しい死に方だったが、天才の末期というのは、えてしてああいうものさ。」
「天才?」
信也がきいた。
「映画づくりのね。俺は、ツイ・ハークの映画を観るたびに、孫を思い出す。」
郭は今日の香港映画を代表する映画人の名を挙げた。

「ツイ・ハークとは、時代も、作る映画の中身も違うが、孫の映画には、ツイと同じように、なにか光るものがあった。たとえ駄作でも、孫にしか出せないような、特別な味があった。孫の映画なら、面白いに違いないと思わせるなにかがあった。
「孫がいま生きていたらと思うことがある。七〇年代初めの香港には、奴の才能を生かすだけの土壌がなかった。C級の喜劇とカンフー映画だけで、作る側も観る側も、国際的な水準からは大きく遅れていた。

「奴が、ポルノ映画の巨匠として満足していたとは思えない。オリジナリティの発揮できる分野が、商業映画の市場にはなかったんだ。アンダー・グラウンドの世界で初めて孫は、自由で奇抜な発想を生かすことができた。

「広東省の出身で、香港には六〇年代の後半に逃げてきた。文革では、紅衛兵として相当暴れ回ったらしい。武漢事件で文革の風向きが変わり、それが奴の人生の転機となった。天安門で毛沢東に接見することを夢見ていた文革青年は、命からがら、香港へ逃れてきたんだ。
「香港に落ち着くと、すぐに頭角を現した。もっとも、政治の世界ではなく、黒社会のほうでだが。
「当時の紅衛兵というのは、とにかく喧嘩慣れしていた。文革というのは、政治闘争というよりは、内戦みたいなものだったんだ。中国では何年間も、殺るか殺られるか、という生活を送りながら、とにかく生き延びてきたわけで、そこらのチンピラでは太刀打ちできないくらいのキャリアと度胸が、奴には備わっていた。

「しかし一方で、映画に対する興味も芽生えたようだった。本土では、まともな映画など見たこともなかったんだろう。政治的なプロバガンダ以外にも、映画には目的があると香港で学んだのさ。幸運だったのは、たまたま、奴の属していた組織が、ブルー・フイルムを大きな資金源としていたことだ。

「孫は、ブルー・フイルムの製作現場に、しばしば通い、やがて、作る側の中に入っていった。自分の中に沸き上がるイメージを映像化することに興味を覚えていったんだ。とはいっても、素人の女の子を騙してきて、レイプしているところをフィルムに撮るようなことに、いつまでも満足していたわけじゃない。
「結局、つてを頼って、新界にあるポルノ映画会社に入りこんだ。俺が奴に会ったのは、その頃のことだ。俺もその頃、あの世界に足を踏み入れたばかりだった。ショー・ブラザーズのつまんないギャング映画に出ていたんだが、監督と喧嘩してほされていたときに、話があって、孫の映画に出ることになった。最初は、ポルノ映画ということで抵抗もあったが、背に腹は変えられない。孫の人柄にも魅きつけられるものがあった。

「孫は何本か助監督をやりながら、商業映画の撮り方を覚えていった。覚えは早いし、脚本も書けたので、監督になるのは早かった。
「孫が初めて監督をやったとき、美鈴(メイリーン)が現れた。ブルー・フィルム時代に使ったことがあったんだ。」

「誰だって?」
信也がきいた。
「美鈴さ。あんたがいうとこの楊蘭芳だよ。楊蘭芳というのは、楊貴妃を撮ったときに使った芸名で、それまでは、別の芸名を使っていた。美鈴というのは、最初にきたときに、自分で名乗っていた名前さ。林美鈴(リム・メイリーン)だよ。」
「林美麗(リム・メイリー)じゃないのかい?」
「美麗というのは知らないな。」
「彼女の本名だよ。少なくとも、いまはそう名乗っている。」
「それなら、そうなんだろう。いずれにしても、本名を堂々と名乗れるような仕事じゃなかったからな。美鈴というのも、どこかで一度使った名前だったんだろう。ただ、俺たちの間では美鈴でとおっていた。
「楊蘭芳という名前で覚えている奴もいるだろうな。また、あんたみたいに、美麗という名前で知ってる奴もいるわけさ。」
「タイ人の間では、スワンニー・ムアンカムでとおっている。」
「名前なんて、そんなものさ。自分で誰々と名乗れば、それがあんたの名前になる。」
「美鈴は、ブルー・フィルムに出ていたのかい?」
「ああ。ヌード・モデルもやっていたし、そっちの世界では、有名な存在だったらしい。なにしろ、美人だったからな。孫が、美鈴を引っ張ってきたのも、ポルノ映画の世界が人材不足で、女優の質がとにかく低かったからなんだ。

「肥やしの匂いのする女の裸を見て、誰が興奮すると思うかい? 当時の水準はそんなものだった。中国の田舎で、肥やしをかついでいたような女が、生活のために香港で裸になっていたわけだよ。
「それは美鈴も同じだった。だが彼女には、圧倒的な美貌があった。普段はそうでもないんだが、メイクをしてカメラの前に立つと、むせかえるような色気が充満するのさ。
「当時もいまも、香港のポルノ映画は、ソフト・コアまでなんだ。観客がいちばん見たいものをそのまま見せるわけにはいかないのさ。そんな制約の多い条件で、売れるための映画を作るには、一にも二にも、女優の質にかかっている。それと、監督の才能かな。

「バック・トゥー・ザ・フューチァーは、B級のSF映画なんだが、それがあんなにヒットしたのは、監督が作品に特別の魔法をかけたからなんだ。
「最近の香港映画でいえば、チャイニーズ・ゴースト・ストーリーのシリーズかな。香港はあの手のお化け映画は何本も製作してきた。お化けと、お色気と、お笑いのごった煮で、先人たちがすでに使いふるしてきたやりかたさ。
「それでも、あのシリーズがあんなに面白いのは、監督なりプロデューサーなりが、なにか特別なことをしたからなんだ。なにをしたかの分析は、批評家に任せておけばいい。出来上がったものは、面白かった。

「孫の作るポルノ映画も、素材に新しいものはなにもなかった。ただ、彼の手腕と、美鈴の美貌が結びついたとき、特別ななにかが作用したんだ。
「二人のコンビでヒットは続いた。ポルノ映画というのは日影の存在ではあったし、表の社会で語られることはなかったが、金は稼いだし、孫は、創作意欲を満足させていた。何本かは、海外にも輸出されたくらいなんだ。

「当時、海外進出を果たした映画は少なかったから、これは画期的なことさ。輸出先は、主にアメリカやヨーロッパのハード・コア解禁国だった。香港版とは別に、あえて輸出仕様のハード・コア版を作ったくらいなんだ。あんたが劉克昌の部屋で見たのはどっちだった?」
「ハード・コアの方さ。」
「それは運がいい。あれは、おそらく孫の最高傑作だね。」
「美鈴と孫との関係は?」
「監督と女優という間柄だった。ポルノ映画の世界では、女優が監督の情婦という例が多いいが、美鈴はそうではなかった。もっとも、孫は、完全に美鈴に溺れていた。美鈴がタイに移住してから、酒と麻薬にどっぷりつかり、それで命を落としたようなものさ。

「彼女が香港脱出を考えていることは、孫もよく知っていた。一度、酒を飲みながら、俺に語ったことがある。『あの娘が行くと言ったら、俺は引き留めることができないよ。』ってね。

「孫は、美鈴に対して、ある種の贖罪感をもっていたんだ。というのも、美鈴の家族は、文革でひどい目にあっていたからね。
「彼女は、福建省の農村の出なんだが、解放前は、代々、地主の家柄だった。そんなことはどうでもいいことなんだが・・・。一九四九年の解放のとき、すべてを奪われたのだから。祖先の罪は、既に償われていた。

「だが、中国では、ことはそう簡単にはいかないのさ。毛沢東の号令で、文革が始まったとき、彼女の家の出自がもう一度問題になった。

「美鈴の父親は三角帽をかぶせられ、引き回しにされたうえ、紅衛兵たちに殴り殺された。殴り殺した紅衛兵は、北京に上がって、毛沢東の接見を受けた。
「母親は発狂し、精神病院で死んだ。美鈴に言わせると、きれいな母親だったらしい。それは美鈴を見れば、うなづける話だ。
「兄が一人いたらしい。しかしその兄も、辺境に下放され、行方不明になった。

「だからといって、彼女がその後、人々の同情を買ったわけじゃない。そんな話はいたるところにあったし、迫害された人間に同情することは、当時の中国では、命とりになった。反革命分子はどこまでいっても、反革命分子なわけさ。
「それやこれやで、彼女は、文革のとき、向こう側にいた人間に対して恨みを抱いていた。孫もある意味では文革の被害者なんだが、一時期、毛沢東の言葉を鵜呑みにして、善良な人々を苦しめたことは事実なわけさ。
「孫が美鈴の家族を傷つけたわけじゃない。だが、美鈴の家族が引き回されていた頃、別の場所では、奴が、別の人々を引き回していた。

「美鈴自身は、孫に対して被害者意識をもっていたとは思わない。奴が中国でなにをしていたかは問題じゃない。香港では、過去を探れば、みんないろいろなことがあるものさ。
「だが、孫は、美鈴を恐れていた。彼女の感情に対しては必要以上に敏感だった。彼女にのめりこみ、失うことを恐れていた。
「楊貴妃を撮る頃までが、奴の全盛期だったと思う。精神面でも感情面でも、力強さがみなぎっていた。皮肉なことに、楊貴妃の成功が奴を弱くした。あの映画に、奴は心血を注いだが、それは美鈴がいればこそだった。美鈴が、孫の創造上の動機になっていたんだ。

「美鈴を失うことで、ポルノ映画でさえ撮れなくなることを、奴は感じていた。彼女がタイに渡ったとき、それが正しかったことが証明された。別の女優を使って撮った映画は、とても退屈なものだった。
「美鈴がいるときでさえ、奴は不幸だった。けっして幸福になれないタイプの男なんだ。苦痛こそが生きている証しで、苦痛だけは、常にたっぷりと抱え込んでいた。
「楊貴妃以降、酒と麻薬の量が増えていった。美鈴を失った後、奴は、俺たちの目の前で崩壊していったんだ。」

「美鈴は、孫に対してはどういう感情を抱いていたんだい?」
「クールだった。彼女は、誰に対してもクールだった。孫がどれだけ彼女に溺れていようとも、彼女が気にかけていたとは思えない。美鈴の頭には、香港から逃げ出すことしかなかった。そんな彼女が、香港の男に熱をあげることなどあり得ない。ただ、孫のおかげで、金を稼いでいることは心得ていたはずだ。」

「孫は、美鈴と寝ていたの?」
ジェニファーがきいた。頬にかかった長いブルネットの髪を、マールボローを挟んだ右の手で、後ろに戻す。大きな、ブルーの瞳が美しい。

郭は、だまってうなずいた。
「美鈴は、特定の男に夢中にはならなかった。ただ、気が向けば、近くにいる男と寝ることはあった。」
「あなたとは?」
「一度だけさ。気丈な女だったが、寂しくなることもあったんだろう。ある夜、彼女の部屋でいっしょに麻薬をやっていた。ラジオからは、ビートルズのホワイト・アルバムが流れていた。麻薬の作用で気分が徐々に昂揚していき、俺たちは自然に結ばれた。

「ホワイト・アルバムの中の『セクシー・セイディ』を聴きながら、美鈴が、セクシー・セイディだということがわかったよ。『彼女のテーブルにつくために、俺たちは持っているものすべてを捧げた。』ってやつさ。あの時代、あの場所で、彼女は特別の意味をもっていたんだ。」
「美鈴がタイへ渡ったのはいつのこと?」
「一九七五年の夏だった。楊貴妃のちょうど一年後のことさ。一本クランク・アップして、次の仕事にかかる前のオフの間だった。」

 郭は、二〇年前の記憶の糸をたぐり寄せるように、視線を上に向け、タバコの煙りをゆっくりと吐き出した。

「突然のことだった。ほとんどの者が知らないうちに出国したようだ。この俺も知らなかった。カナダ移民の話はきいていたが、失敗したはずだった。タイの話は初耳だった。
「美鈴の出国の噂が流れ始めると、俺はすぐ孫のところへ行った。孫は勿論知っていた。知っていただけでなく、タイへの移民には、奴もひとやくかったと言っていた。そのとき奴は、酒に溺れ、見るも無残な姿を晒していた。美鈴の前途を祝福すると言いながら、本当は憔悴しきっていたんだ。」

「タイへの移民にひとやくかったというのは、どういう意味なんだい?」
信也がきいた。
「詳しいことは言わなかった。金銭面で手助けをしたのか、タイ政府への申請にさいして、なにかコネをつけてあげたのか。」
「知っていたのは孫だけだったのかい?」
「仲間うちではそうだ。挨拶もなにもなく、ある日、忽然と姿を消していた。不思議といえば不思議だったが、香港とは完全に縁を切りたかったのかもしれない。香港で美鈴がしていたことを考えれば、そういう気持ちもわからないでもなかった。」
「私生活はどんなだったの? どこに住んで、だれと付き合っていたの?」
「油麻地のアパートに一人で住んでいた。生活は質素で、酒もほとんど飲まなかった。麻薬にしても、ときどき軽い気持ちでやる程度で、溺れることはなかったな。稼いだ金は、ほとんとど貯金に回していたようだ。エロ写真のモデルをやったり、観光客相手のライブ・ショーに出たりと、結構稼いでいたはずさ。ただ、ポルノ女優として売り出してからは、さすがに仕事を選ぶようにはなっていたが。

「友だちは、それほど多くいたわけじゃない。仕事仲間がすべてだったんじゃないかな。もっとも、それほどやな女というわけでもなかったよ。男たちは、多かれ少なかれ、彼女に気があったし、他の女優たちとも、そこそこうまく付き合っていたと思う。わがままな女王様タイプの女じゃなかったし、揉め事は起こさなかった。」

「同性の友人でいちばん親しかったのは?」
郭元培は、黙って首を振った。
「俺が知っているのは、ほんの数人の女優たちだけだが、私生活で、親しく付き合っていたとは思えない。美鈴と比べれば、みんな、女としても、女優としても、はるかに小物だった。」
「数年間は、ここで暮らしていたのだろ? 心を開いて話し合えるような友人が、いたと思うんだが。」
「いたろうさ。だが、俺は知らなかった。」
「なるほど。」
信也は、白けた気分でうなずいた。
「それじゃあ質問を変えるけど、ポルノ映画に出る前の美鈴はなにをしていたんだい?」
「言っただろう? ブルー・フィルムに、エロ写真に、セックス・ショーさ。立派な経歴だよな。」
「その前さ。」

郭は、一瞬躊躇した。躊躇したことを隠すために、ジェニファーに、新しいタバコを催促した。

「いまさらかくしてもしょうがない。想像はつくだろうが、香港での最初の職業は売春だった。このことで美鈴のモラルを云々することはできないよ。なにも持たずに、あの娘は、大陸から逃げてきたんだ。一九七二年の旧正月前、寒い冬の日だった。
「最初の夜、空腹と熱とで、ふらふらになって歩いているところを、中年の女に声をかけられた。女は、美鈴に食事を与え、自分の家に連れ帰った。そこは、有名な売春宿だった。あの娘は、覚悟はしていたんだ。中国を出たとき、売春は、一度は通る道だということを認識していた。

「その夜、美鈴は、酔っ払ったイギリス人の船員に体を開いた。初めてのことだが、特に感慨はなかったと言っていた。充分、覚悟はできていたんだ。」

郭の言葉に、信也は胸を痛めた。郭が言うとおり、想像はついていたのだ。しかしそれでも、スワンニーが売春をしていたという事実は、傷となって信也の心に貼りついた。

「売春をしていたのは、せいぜい一年ぐらいだったらしい。売春は、てっとりばやく金にはなったが、長く続けるものじゃない。長く続ければ、結局そこから抜け出せなくなるからな。賢い女は、時機を見て、適当に足を洗う。
「孫とめぐり合った頃、完全に売春とは縁が切れていた。ということは、俺たちは、売春婦時代の美鈴については、ほとんど知らないということさ。」

信也は、意外そうな表情で、郭を見た。

「誰か知っているのかい? 売春時代に繋がる人間を。」
「知っているわけじゃない。俺たちの時代と、売春婦時代とは完全に切れていて、人的な繋がりは一切なかったからな。ただ、どうしても、香港時代の美鈴について、徹底的に調べたいというのであれば、あの時代を避けて通ることはできないはずさ。」
「じらすのはよしてくれ。誰か知っているのか?」
「いや。」

郭はそう答えてから、試すように、信也を見つめた。

「一人だけ、追える人間がいるかもしれない。しかし、二〇年も前のことだ。生きているのかどうか・・・。それに、前もって言っておくが、もしあんたが、いまの美鈴を愛しているのなら、過去を探れば探るほど、辛い思いをするようになるかもしれん。」
「覚悟はできてるよ。それで、いったい、誰なんだい?」

郭は、もう一度、記憶の糸を手繰り出した。少しずつ、輪郭が浮かび上がってくる。しかし、二〇年も前の面影だ。気を抜けば、すぐにもはじけてしまいそうなくらい頼りない。

「呉とかいったな。呉玉清だ。香港で、美鈴を初めて拾った女さ。油麻地で売春宿を経営していて、ちょっとは知れた名前だった。俺自身、その店には、一度か二度は、通ったことがある。呉玉清にも会っているよ。いかにもやりて婆あという感じだった。五〇は過ぎていたから、いま生きているとしても、七〇にはなっているだろう。」
「探してくれるかい?」
「あまり期待はしないでくれ。」

そう言って、郭元培は、立ち上がった。









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