第1章 タイ
38
テーブルの上に、次から次へと豪奢な料理が運ばれてくる。信也がいままで味わったこともない中華料理が、高価な皿に乗せられ、並べたてられる。信也は、ひとつの皿から少しずつ、口に運んだ。多彩な料理を味わうための贅沢を初めて体験しているのだ。しかし、彼の関心は、料理より、スワンニーのほうに向かっていた。
食事の間中、彼女は身体を近づけて、かいがいしく信也の世話をやいた。彼女の明るさは、作られたものだ。彼女のする仕草、それに対する信也の反応は、すべてがひとつのことに向いている。デザートが出る頃には、いや、もう最初から、信也は、料理このとなどどうでもよかったのだ。食欲が充たされれば、考えるのはもうひとつのことでしかない。
しかし、スワンニーは落ち着いていた。
「お酒が飲みたいの。」と、彼女は言った。
「少し身体を暖めたいのよ。」
《身体を暖めたいだって?》
これ以上暖めてどうする気だろう。身体中が火照ってるというのに。
スワンニーは、マーニーが運んできた熱い中国酒を信也にすすめた。もどかしさを圧し殺して、彼は盃を口に運んだ。ピリリとした辛さの中に、薬臭さが舌に残る。うながされて、信也は一気に飲み干した。胸のあたりの血が逆流する。さらに彼は、二杯・三杯と、盃を重ねた。
頃合を見て、スワンニーは立ち上がった。
「寝室に行きましょう。」
39
スワンニーの寝室の敷物の上に横たわり、信也は、鉄のキセルから、ゆっくり煙を吸い込んだ。部屋の中には、甘酸っぱい香が漂っている。バンコクの安宿で、遊び半分で吸っていたマリファナ煙草などとわけが違う、本物の陶酔が彼を襲う。食後に飲んだ、正体不明の酒のおかげで、異常に膨らんだ信也の性欲は、阿片の作用で辛うじて中和されている。彼は、キセルを、寄り添うように横たわっているスワンニーに手渡した。
スワンニーは、小さく煙を吐き出すと、陶酔の余韻を楽しみながら、信也の首筋に手をあてがい、潤んだまなざしで彼を見た。信也は、自然な動作で口づけをし、それから、彼女を押し倒して、覆いかぶさった。動悸が再び高まっていく。唇を重ねたまま、チャイナ・ドレスのボタンをはずし、荒々しいしぐさではぎとろうとした。
スワンニーは、くすくす笑いながら、起き上がり、自分からドレスを脱ぎすてると、ベッドの上に横たわった。
信也は、もう一度、彼女の上に覆いかぶさった。飢えた野獣さながらに、はあはあとあえぎながら、彼女の下着をはいでいく。ブラジャーとパンティをはぎとると、もどかしい手つきで、自分も裸になった。下腹部が異常に熱くなっている。食後の酒には、とんでもない強精剤が入っていたらしい。
初めてのときのように、不器用な手つきで愛撫を繰り返したが、やがてたまらなくなって、強引に彼女の中に押し入った。発狂しそうな信也に比べて、スワンニーは冷静だ。
「悪い子ねえ。」と言いながら、若い信也を迎え入れた。
彼女の中に入ると、あっという間に放出した。ダムが崩壊し、水が、一挙に吹き出たかのように。スワンニーの上に崩れ落ち、それから徐々に身体を離し、彼女の横に仰向けになった。
しかし、それは、始まりの合図のようなものだ。スワンニーは、信也の呼吸が整うと、彼の上に覆いかぶさった。
彼女は、信也よりはるかに巧妙で、指と舌と身体のすべてを使って彼を刺激する。信也はすぐに回復した。しかし彼女は急がない。時間をかけて彼の身体のあちこちを愛撫する。天にも上る心地よさが信也を震えさせる。やがて、彼女は、信也のペニスを口にふくんだ。根元を指で刺激しながら、舌と口蓋で、先端を締めつける。そして、身体のむきを徐々に変えると、彼女の下腹部が信也の前にあらわになった。
なんという眺めだろう。信也は息をのみ、これほど卑猥なものを、狂おしくなるほど求める自分というのは、いったいなんなのだろうと訝った。珍しい蝶を捕まえた子供のように、彼はスワンニーを弄んだ。
しばらくその態勢を続けると、スワンニーは、腰の位置をずらして、信也を中に入れた。彼女の腰の動きに合わせて、断続的に激情がこみ上げてくる。信也は、両手でスワンニーの腰を支え、いったん彼女から離れると、膝をついて、後ろから中に入っていった。
今度は、信也も、時間をかけて彼女を攻めた。スワンニーの身体が汗ばんでくる。嗚咽が昂まり、信也の突きが激しくなる。彼女の頬が羽毛の枕に深く埋まったとき、ふたり同時に、絶頂に達した。
冷えたコークを飲んで、しばらく休むと、スワンニーは、もう一度信也にからみついてきた。信也もスワンニーも、身体にはまだ情熱がみなぎっている。信也は、スワンニーを押し倒すと、すぐに彼女の中に押し入った。猛々しく腰を動かしていると、スワンニーがあえぎながら、ささやいた。
「ねえ、信也、」
「え?」
「ソーイに電話しておきなさい。」
「電話?」
「今夜は帰らないって。」
「あとでするよ。」
「いまよ。」
なにをばかなことを言ってるのだろう。信也は、彼女の言葉を無視して、腰の動きに集中した。しかし、スワンニーは、ベッドサイドの呼び鈴を押した。すぐにマーニーがやってくる。あらかじめ準備していたかのように、手には携帯電話を持っている。信也はパニックにおちいった。しかしスワンニーは、しっかり信也にからみついて離れない。
「南海酒店にダイアルしなさい。」
信也にくみしかれたまま、スワンニーは、マーニーに命じた。マーニーは女主人の痴態に動じる様子もない。南海酒店に電話をし、オペレーターにソーイの部屋番号を告げている。そして、ソーイが出ると、裸でスワンニーの上にのっかっている信也のところへ進み出て、受話器を手渡した。
あられもない姿を見られて、信也は完全に我を失っていた。受話器を受け取ると、うっかり、「ハロー」と言ってしまう。
「信也?」
受話器の向こうで、ソーイが訝しげにきいた。
「ああ。」
「どうしたの? なにかあったの?」
「いや。なんでもないよ。」
必死の思いでそれだけ答えると、スワンニーが彼の下で腰を動かし始め、思い切り信也を締めつける。
「ああ、信也!」
スワンニーが悩まし気にあえいだ。南海酒店のソーイに向かって、彼女は嗚咽を再開したのだ。
「もっとよ、もっとよ。」
受話器の向こうで、空気が凍てついた。信也はなにか言おうとしたが、官能がこみ上げてきて、言葉にならない。スワンニーはさらに激しく腰を使い、信也を包みこむヴァギナが収縮を繰り返す。彼女の嗚咽は、ほとんど泣き声に変わる。たまらなくなって、信也は放出し、そのまま彼女の上に崩れ落ちた。
ソーイが泣きながら、電話を切った。
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